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横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)351号 判決

主文

被告は原告に対し金一〇〇ポンドおよびこれに対する昭和四三年三月二二日から右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一五七万九、八八四円およびこれに対する昭和四三年三月二二日から右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として、次のとおり述べた。

一、被告は輸出入貨物の沿岸荷役を行うことを業務とする会社である。

二、訴外ミツミ電機株式会社からポリバリコン等部品七五ケースの輸出業務の委託を受けるとともに右業務に関する代理権を授与された訴外安宅産業株式会社は、被告との間に昭和四二年三月頃、訴外ミツミ電機株式会社の代理人として訴外ミツミ電機株式会社製造のポリバリコン等七五ケースを横浜港岸壁から本船ベンロイヤル号まで安全に運送し合数で本船ベンロイヤル号に引渡すこととする内容の運送契約を締結した。

三、訴外ミツミ電機株式会社は被告に対し昭和四二年三月二四日横浜港において、ポリバリコン等部品七五ケースを合数で引渡した。

四、被告は、右七五ケースの貨物を運送中、インボイスおよびパツキングリストのケース・ナンバー二のケース一箇を紛失した。右ケースにはポリバリコン二六万五、四四二個重量合計三三五キログラムが入つていたもので、ポリバリコン一、〇〇〇個のインボイス価格は一五・〇三ドル、七五ケースのインボイス価格は一三万八、八六七・七六ドル、その保険金額は五、四九九万一、七〇〇円であるから、右ケース・ナンバー二の紛失により訴外ミツミ電機株式会社は左記の計算のとおり一五七万九、八八四円の損害を蒙つた。

〈省略〉

五、原告と訴外ミツミ電機株式会社との間には、昭四二年一月一日爾後訴外ミツミ電機株式会社が輸出する貨物はすべて原告の貨物海上保険に付することおよび右訴外会社は毎月終了後遅滞なく原告に対しその月保険に付された貨物の数量を通知する旨の貨物海上保険契約を締結し、右訴外会社は原告に対し右契約に従つて昭和四二年三月末日、右七五ケースの貨物を輸出した旨の通知をなした。

六、原告は、訴外ミツミ電機株式会社に対し昭和四二年五月三一日右ケース・ナンバー二の貨物の紛失事故に対する保険金として一五七万九、八八四円を支払つた。

七、よつて、原告は被告に対し商法第六六一条、第六六二条第二項により代位取得した被保険者たる訴外ミツミ電機株式会社の被告に対する債務不履行に基く損害賠償請求権により右損害金一五七万九、八八四円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年三月二二日から右完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一ないし第三項および同第五、六項の事実はすべて認める。

二、同第四項の事実中、被告が原告主張の貨物一ケースを紛失したことは否認し、その余の事実は不知。

三、同第七項は争う。

と述べ、抗弁として、次のとおり陳述した。

一、仮に被告がその保管中に右貨物一ケースを紛失したとしても、訴外ミツミ電機株式会社と被告との間に成立した右七五ケースの貨物の運送契約においては、被告の港湾運送約款に基づき運送する約束であるところ、右港湾運送約款第一九条には被告が運送の際の事故について責任を負うのは被告またはその使用人の故意または重大な過失によつて直接生じたものに限る旨の定めがある。したがつて、被告には損害賠償の義務はない。

原告訴訟代理人は、抗弁事実は不知と述べ、仮に被告主張のような運送契約および港湾運送約款の規定があるとしても、右貨物のような重量の大きい貨物を紛失すること自体被告またはその使用人に重大な過失があつたと言わざるを得ないと述べた。

被告訴訟代理人は、被告に重大な過失があることは否認すると述べ、仮に被告に損害賠償の義務があるとしても、右被告の港湾運送約款第一条第二項には「右約款に定めのない事項は関係船会社の海上運送約款による」との規定がある。ところで、右貨物の運送における関係船会社に該当するのは、右貨物を積込む本船のベンロイヤル号の船舶所有者であるベンライステマー株式会社であるが、右会社の海上運送約款によれば、貨物の紛失についての責任負担額は一梱包一〇〇ポンドに制限されているので、被告の責任も一〇〇ポンドに限定されるべきであると述べた。

原告訴訟代理人は、右被告の主張事実は不知と述べ、仮に右被告の港湾運送約款第一条第二項が被告主張のような規定であるとしても、右規定は一方的に取引相手に課する約款の規定としては広範囲かつ無限定にすぎ、不確定な内容のものであるから信義則に反し無効であると述べた。

被告訴訟代理人は、右規定が信義則に反することは争うと述べた。

証拠(省略)

理由

一、被告は輸出入貨物の沿岸荷役を行うことを業とする会社であること、訴外安宅産業株式会社は、訴外ミツミ電機株式会社から原告主張の代理権を授与され、被告と原告主張の運送契約を締結したこと、訴外ミツミ電機株式会社は、被告に対し原告主張の日、場所において、ポリバリコン等部品七五ケースを合数で引渡したこと、原告と訴外ミツミ電機株式会社との間には昭和四二年一月一日、原告主張の貨物海上保険契約を締結し、右訴外会社は原告に対し昭和四二年三月末日、原告主張の通知をなしたこと、原告は、訴外ミツミ電機株式会社に対し昭和四二年五月三一日、原告主張の事故の保険金として一五七万九、八八四円を支払つたことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いない甲第一一号証、証人永作房治の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、証人長井健次の証言により真正に成立したと認められる甲第六ないし第八号証、証人高橋和男、同粟野優、同長井健次の各証言によれば、被告の保管中にインボイスおよびパツキングリストのケース・ナンバー二の貨物が紛失したこと、右一ケース(体積約一立方米)にはポリバリコン二六万五、四四二個、重量合計三三五キログラムが入つていたこと、ポリバリコン一、〇〇〇個のインボイス価格は一五・〇三ドル、右七五ケースのインボイス価格は一三万八、八六七・七六ドル、その保険金額は五、四九九万一、七〇〇円であり、右ケース・ナンバー二の保険金額は、一五七万九、八八四円になることが認められ、右認定を覆すにたる証拠はない。

三、次に、抗弁の一において被告は「訴外ミツミ電機株式会社と被告との間に成立した右七五ケースの貨物の運送契約においては、……旨の定めがある。したがつて、被告には損害賠償の義務はない。」旨主張するので証拠を案ずるに、証人今井幸三郎(第一回)の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、証人永作房治、同今井幸三郎(第一回)の各証言によれば、被告と訴外ミツミ電機株式会社との間の右運送契約においては、被告の港湾運送約款に基づき運送する約束であり、右港湾運送約款の第一九条には「当社が賠償の責に任ずる場合は、損害が当社又はその使用人の故意又は重大な過失に因つて直接に生じた場合に限る。」との定めがあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

四、しかるに、右貨物一ケースの紛失が被告またはその使用人の故意または重大な過失によつて生じたものか否かにつき考察するに、先に認定したように右貨物は体積約一立方米で重量は三三五キログラムもある重い梱包であるから、かかる貨物を紛失したについては、被告またはその使用人に重大な過失があつたものと推認され、右認定に反する証人高橋和男、同清末和彦の各証言部分は容易に措信できず、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

五、さらに進んで被告は、被告の右港湾運送約款第一条第二項および本船ベンロイヤル号の船舶所有者であるベンライステマー株式会社の海上運送約款の規定により被告の負担すべき責任は一〇〇ポンドに限定されると主張するので、この点につき判断する。

前掲乙第一号証、証人今井幸三郎(第一、二回)の各証言により真正に成立したと認められる乙第二号証の二、三および右各証言によれば、右被告の港湾運送約款第一条第二項には「この約款に定めていない事項は、法令又は慣習(若しくは関係船会社の海上運送約款)による。」との定めがあり、本件において右関係船会社に該当するのは、本船のベンロイヤル号の船舶所有者であるベンライステマー株式会社であるところ、同会社の海上運送約款第九条には、船主は、貨物の送り状価格または一梱包あたり一〇〇ポンドのどちらか低い方の金額を越えてクレームを請求されないものとする旨の定めがあることが認められ、これに反する証拠はない。

六、ろころで、原告は、被告の右海上運送約款第一条第二項は、広範囲かつ無制限な内容であり、しかもその性質上一方的に相手方を拘束するものであるから、信義則に反し無効なものであると主張するが、前掲乙第一号証、証人今井幸三郎(第一、二回)の各証言によれば、被告の港湾運送約款は、運輸省の指示によつて作成された港湾業者の統一約款であつて、右約款の第一条第二項の規定の趣旨の主要なものは、海上物品運送に関する法令、慣習もしくは殆んどすべての船荷証券の運送約款においては、その額において多少の相違はあるが船主の責任を一定額に制限しているとの認識に立つて責任制限額につき統一的な確定額を明示するかわりにそれぞれのケースによつて関係の深い法令または慣習若しくは関係船会社の運送約款にしたがつて処理することに定めているものであることが認められ、右契約に反する証拠はない。してみると被告が右条項により責任制限額を主張することは何ら信義則に反するものではなく、勿論右条項の定めそのものが無効だとは認められない。

したがつて、被告は原告に対し金一〇〇ポンドおよびこれに対する本件訴状送達の日であることが記録上明かである昭和四三年三月二二日から右完済まで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務を負うことは明かである。

よつて原告の被告に対する本訴請求は右の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

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